第29話 「地球氷河期作戦」
首藤剛志脚本 野田作樹コンテ 広川和之演出 1981年1月11日放映


突如、光が消えた。
氷河期と化した地球を救う方法はただ一つ、対アルデバロンメカ、フィクサー1での特攻だ。
パイロットに選ばれたデビットは同じくフィクサー1への搭乗を望むマリンに苦しい胸のうちを明かす。
 「俺は地球のためには死ねない、だが・・・・・」
デビットが何のために死んでいったか、知る者はただ一人だった。

バルディオスと言えば29話。
そのクオリティの高さはピカ一でストーリー、作画、演出、どれをとっても素晴らしく文句の付けようがありません。
29話のみ登場のゲストキャラ、デビットが2008年発売スーパーロボット大戦に同エピソードで登場するあたりにも
人気や影響力の高さが伺えます。

シナリオ執筆の首藤剛志さんが
WEBアニメスタイル シナリオえーだば創作術第30回 バルディオス「地球氷河期作戦」
に関連エピソードを。同じく
WEBアニメスタイル シナリオえーだば創作術第30回付録宇宙戦士バルディオス「地球氷河期作戦」放映29話
にシナリオを公開されていらっしゃるので本編以外はここ読んでいただければ十分。
見れば分かる面白さなので今さら何を言うこともない、つー感じです。

なのですがー、今までバルディオス愛を叫び続けてきたワタクシなので
やっぱり語ってみたいです。押忍。

私は本放送で一回、翌年の再放送で一回
その後はうーーーーーんと飛んでDVD−BOXが出た2001年に3回目を視聴したのですが
見る度に違う印象を持ちました。
本放送時はデビットに目がいったかな。
すげーカッコイイーーーー!!みたいな。
それが年を重ねて見ると博士が気になってくる。
デビットは一途な分、分かりやすいし
子供だったから博士の気持ちにまで思い至らなかったんだと思います。
って言うか、デビットちょと怖いよねえ>オイオイ
29話は誰が見ても面白いけど、受けての年齢、性別によって
何を見るかが違ってくるんじゃないかな。
名作劇場の「赤毛のアン」はリアルタイムだとアンに共感したけど
年をとってみるとマリラ(マシュー)の親心に涙した・・って意見をよく聞くけどそれと同じで。
アンは高畑監督が親子どちらも楽しめるように演出したっ、てどっかで聞きかじったのですが(かなりうろ覚え)
29話が狙って作ったのか偶然なのかは分かりませんが視点がたくさんあるのは名作の条件だと思います。

あともう一つ、29話が優れてるのは「もし〜だったら・・・・」を、つい考えちゃうお話だから。
「もしデビットが立ち去らなかったら・・・」とか「もし博士が拒んでいたら・・」とか考えたことはないですか??
29話ってすっきり完結してるのにそこで終わらずに受け手に委ねる部分があるのが良いです。

あとはそうだなー
最初の1回は面白さに引き込まれて気が付かないんですけど
何回か続けて見ると設定の無茶っぷりに引く・・つーか、突っ込みどころ満載なんですよね。
ガニメデ移動に始まって博士の「方法はただ一つ〜」デビットは学者なのか軍人なのかわからんちん
いきなり特攻、果てはバルディオス飲酒操縦>大丈夫なのか!!

いやしかし!!!
無茶だと呆れがらも引き込ませてしまう画面の力!
驚きながらも納得してしまう個々の行動。
大きなウソの中に散りばめられてる真実に心奪われるのだと思います。
これぞフィクションの醍醐味!!
ホントに面白い、何回見ても面白い、マジメに見ても酒飲んでダラダラ突っ込みながら見てもやっぱり面白い!
すげーよ29話。

最後に私のifを書きます。
デビット、そんなに博士が好きなら死ぬなっつーの。
生きて支えろ!
フィクサー1はマリンに任せて、この後、洪水に見舞われ月影も失う博士の荷を一緒に背負ってやれよ〜〜〜〜
そしたらマリンは洪水を見ることなく「俺は地球を守った〜」って満足して死んでけるし
マリンが死ねばアフロの執着も消えてそこら辺も違った展開になるかも?じゃん。
って主役が途中で死んじゃったらヤバイか。
デビットはあそこで死ぬからカッコイイんだし・・・
いやでもさ、誰かを本気で好きになったらカッコ悪くてもいーじゃん。
そんなに綺麗に決めないで、好きで好きでたまらなくて愚かなところを見せてみてよ。

四十路の身にはデビットの若さがキラキラと眩しすぎる・・
あと10年経ったらまた感想も違うのかな。


第30話 「地球不毛の日」
鈴木裕二 広川和之脚本 山室清二コンテ 石田昌平演出 1981年1月18日放映


アルデバロンは農業地域に狙いを定め、特殊な薬品を散布
地球全土の食糧生産は壊滅的な打撃を受けた。
食糧事情の悪化により世界連盟、BFSは内部から崩壊していく・・・
降伏間近の地球だったが寸前で人工栄養システムを完成、人々は飢えから救われたのだった。

あらすじだけ読んでくと↑つまらなそうに思えますが良いですよ、30話。
小技が効いてて見せ方がうまい。
化学兵器を使うってアイディアも斬新・・と言うか時代を感じてしまいます。

冒頭にアルデバロンが薬剤を撒く描写がありますがどうしたって枯葉剤をイメージしちゃいますよ・・・
この30年間、いくつも戦争があったけど、1980年だったら近いのは第二次大戦、ベトナム戦争。
「甦った悪魔」でもパラシュート部隊や水爆爆破のシーンが史実に近い映像で描かれていて
時代性と言いますかね、そんなものを感じてしまいます。
仮に今リメイクされたら個々の戦闘シーンやエピソードは随分変わるでしょうし
化学兵器は使えないんじゃないかな。(自主規制で)

話それますけどこの間、実写版のヤマトを見に行きまして、その中でステルス機が登場してたんです。
2010年公開のSF映画ならあって当然なのですが
(ヤマトだとオリジナルでレーダーが活躍するシーンが多いし)
ヤマトの世界観とステルス機ってオールドファンからすると合わない気がするんですよね。
近年の事象を扱うにはすり合わせが難しいのだな、と。
そんなことを思うにつれバルディオスは古い作品なんだなあ・・
あれから30年も経ってしまったのだなあと感慨深いのです。

化学兵器で大きく広げた割にはオチは博士が人工栄養開発して終り!なので
(しかも開発に至るプロセスはさほど描かれていない)
肩すかしな気がしないでもないのですが、30分のTVアニメだと描けるエピソードは限られてくるのでしょうがないかな。
代わりに久々にオリバー(と妹のエミリー)のエピソードが入ってきます。
30話は葦プロ社内班作画だと思うのですが
自分トコだけでこんなに綺麗に描けるんだ〜!すげ〜って素直に思えるくらい綺麗で安定しています。
特にオリバーが幼少時を振り返る回想シーンは、いのまたむつみさん作画と思われ大変美しいです。
感情が伝わってくるような震えるような瞳が印象的・・・
ドラマ部分はちょっと大雑把ですが部分部分に丁寧な描写が光るので引きつけられます。

丁寧な描写と言えば戦闘シーンも良いです。
30話のゲストメカはジョラーと言うやられメカなのですがなんとも無機質で近未来的で良い味出してんですよ!
バルディオスって分類上はスーパーロボットになるんですよね??
ガンダムとかの量産型敵メカにたいしてマジンガーZみたいに、毎回違ったやられメカが出てきて
アクションを楽しむ系がスーパーロボット、って解釈してるんですけどそれでOKかな?
そんでですねー我らがバルディオスのやられメカはちょっとアレなんですよ。
明らかに生物をモチーフに取ったスタイルでキバとか角とかついてて
見た目に頭悪そうでいけてない。
人類滅亡?バットエンドの重いストーリーに時として合わないんです。
もっとお話に合わせたシンプル、つーか現実的なメカデザインの方が良かったのでは?
なんて今振り返ると思ってしまうのですが
スポンサーが玩具会社で企画書によると視聴者層は幼児から大人とあるのでこの辺もやむなし。
当時はメカデザイナーが全て手がけたわけではなく
一回こっきりのやられメカは手の空いた人がデザインしてたらしいので
この辺もメカが弱い一因になってしまってます。
今となっちゃーそんなやられメカも愛しく思えるんですがまあやっぱね・・人間見た目も大事だから>人間じゃないし

ところが30話のジョラーは金一色で彩色されてシャープな印象。
同じ人型でも17話のガムジャード(ガムジャードは地球サイドのメカだけど)や
11話のベムラーみたいなバカっぽさが少ないです。
腰から棒?みたいの出して振り回したりバルディオスを踏んづけたりの
体を張った従来通りのオーバーアクションもあるけど
許容範囲っつーか、ちょうどリアルとスーパーの間辺りに位置するバルディオスに相応しい敵メカに思えて仕方ないのです。

丁寧な描写と言えばもう一つ。
アルデバロン側の意識の変化も垣間見れて面白かったです。
15話「いつわりの平和会議」のガットラー(ロボット)は「地球の人類が永久に消滅することを要求する」
って言ってたのに30話だと
「死を選ぶか降伏して生き延びるか」って言ってるんですよー。
へ??降伏でもいいわけ??
地球人って30話辺りでは数十億人いるんですが管理する気でいたとは!!>無理じゃん
それってテンション落ちてないすか??
アルデバロン的にも苦戦してるっぽいので降伏でも良いから勝利が欲しかったのか??
と思うと心境の変化が伺えるのですが〜
次の次であっさり30億殺してるのでやっぱ違うのかも。
あらあら・・・丁寧なんだか雑なんだか分かんなくなってしまいました。

意外にあっさり完成してしまった人工栄養システムですが
この後展開する洪水→放射能汚染→シェルター暮らしを思えばこのエピソードは重要。
月影亡き後(未放映部分になりますが)地球軍を指揮するハーマンの再登場も理にかなってます。
お話そのものはちょっとアバウトな感じはしますが
暗く重くのバルディオスっぽさとアクション活劇のバランスが取れてて良い感じ。
変な話、ここらで作る側も慣れてきたのかなー>偉そー
なんて思えちゃうお話です。


第31話 「失われた惑星」
首藤剛志脚本 湯山邦彦コンテ 康村正一演出 打ち切りのため未放映 DVD,LDに収録


無限エネルギー、アルデタイトが宇宙空間に出現した。
アルデバロン、BFSは獲得に乗り出すが両者とも叶わず
戦闘によって引き起こされた超時空空間に引き込まれてしまう。
マリン、アフロディアは敵味方を超えて協力し合い脱出に成功するが水星、金星が消滅する結果となった。
地球は太陽系、第一番惑星になった。
これが何を意味するかはまだ誰も知らない・・・・


打ち切り未放映、第31話「失われた惑星」までたどり着きました。
今さらですが打ち切りについて。

全39話放送予定が諸般の事情で31話で打ち切られてしまった・・・
ってことはこの「失われた惑星」が最終放送回?
と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが違います。
放送枠は31回(81年1月末)しかなかった。
かと言って「失われた惑星」を最終回にするのは辻褄が合わなすぎる。
このような判断で「失われた惑星」は急遽欠番、次回の32話「破滅への序曲(前)」を31話(最終回)として放送したのです。
奇しくも消滅してしまった水星と金星のようにお話自体が飛んじゃったと言う訳です。

上映会や
(当時はVHSビデオの普及率が低く放送終了の作品は再放送でしか見れませんでした。
なので再放送以外の視聴手段としてプロダクションやアニメ研究会などが主宰した上映会が度々開かれていました)
映画化のイベントで幾度か公開されましたが機会に恵まれない一般のファンがこの話を見るには
二十数年後のLD、DVDの発売まで待つしかなかったのです。

私はLD発売は知らなかったので初めて見たのはDVD−BOX2が発売された2001年2月・・・
それまで見たことはなかったのですが当時のアニメ雑誌の(付録ポスターの)紹介記事や
実際見た人の感想を覚えていたので
どうも作画がよろしくないらしい・・・との予備知識は持っておりました。
なので覚悟の上で見たつもりなのですがーーーーーーーーなのですがーーーーーーーー
初めて見る打ち切り未放映分!!
四半世紀の時を経て今!!
的な期待が大きすぎて今ひとつ楽しめなかった、つーかガッカリ、つーか
こんなんだったら最初っから作らなくていーから「アフロディアに花束を」の前編だけでも作ってほしかった
とかなんとか、色々不謹慎な感想を持ってしまいました。(ひどーーーーーーーーーーい)

実際この話をご覧になって似たような・・って言うか???な感想をもたれた方も多いのではないでしょーか。
首藤剛志さん脚本で未放映で期待して見たのに「あれ?あれ?あれ?」みたいなーーーーー
という訳で、なんでこの話がアレレなのかの解説に移りたいと存じます。

バル・資料館「番宣ポスター」にも書きましたがバルディオスはそもそも26話の放送予定だったのが
途中で39話に延長になったそうなのです。
そして先のバル資料館でも触れているように31話「失われた惑星」は
放送NOは31話だけど製作 NOは19だったようなのです

26話放送が39話に延長
      ↓
26話予定では19話に相当する「失われた惑星」を津波直前の31話に移動
(地球=S-1の重要伏線なので)
      ↓
打ち切り決定でお蔵入り

どうもこれが真相のようで、実際この通りだと色々不思議な面がすごく納得出来ちゃうんです。

1)突然絵がひどくなる不思議
この話の絵が・・・なのは(作画を)外に出してしまったからで
それってシリーズ前半では多く見られたのですが
葦プロさまが当時バルディオスの他にもう1本抱えてたTVレギュラー放送
「ずっこけないと ドンデラマンチャ」終了以降はそのようなこともなく
安定した良作画を保っていたのに今頃なんでこんな絵に?

2)すぐ前の28話「決死のランデブー飛行」で
こっぴどく振られたばかりのジェミーがしつこくマリンにアプローチしちゃう不思議
首藤剛志さんはキャラクターの内面を丁寧に描かれる方なのになんで???

3)アフロディアがマリンを意識しすぎで不思議
先の展開でLOVE・LOVE(なのか?)予定の2人なので気にしすぎかもしれませんが
やはりちょっと前の25話「ガットラー暗殺計画」で揺れながらも戦意を新たにしてるのに、
すぐ前の30話「地球不毛の日」であんだけ非情な作戦を取っておきながら
「マリン、またお前と戦わなければならないのか」なんて部下の前でつぶやいちゃうアフロ様は
繋がらない気がしてました。
(特に「暗殺計画」と「失われた〜」は同じ首藤剛志さんの執筆なので余計に繋がらない)

それが実は19話だった、ってすると全部納得できちゃいますよね?
(直前の18話は「裏切りと暗殺の旅路(後)」でアフロディアがマリンを助けちゃうエピソードなのです)

この辺の裏事情?はこの10年で色々資料を集めたり、
当時の関係者の方からお話を伺う機会に恵まれて知りえたことです。
DVDが発売された2001年当時は期待した割にはなんだかヘンな話だなーとしか思えませんでした。
私がヘンだと感じたのは予定された回ではない所に組み込まれてしまった故の違和感だったのかもしれません。

その辺を差し引いて見てみると、うーん・・・どうでしょう・・
それでもやっぱりアラの方が目立って好きになれないかな〜>鬼
31話で描かれる水星・金星消滅エピソードって重要伏線ではあるのですが
映画では博士のセリフ一言で片付けられちゃってるし、そもそも本放送時に無かったので
無くても済むエピソード、として(自分の中で)片付けられちゃってるのかもしれません。
あと少し前のデビットの氷河期や次の津波の印象が強すぎるってのもあります。

「失われた惑星」延いては地球=S-1を裏付ける大胆かつ残忍な洪水に至るまで、執筆者の首藤剛志さんが
WEBアニメスタイル シナリオえーだば創作術 第31回 太陽系改造計画……打ち切り
に詳しく書かれていらっしゃいます。
私は出来上がった31話を好きになれなかったけど首藤さんはこんな強い気持ちで書かれたのかな・・・

いろんな脚本家の方がこんなことを言ってるのを目にします。
「100%自分に責任のある小説と違ってシナリオは
複数の人がかかわって映像にするためのたたき台、それが面白くもあり歯がゆくもある」
「失われた惑星」ももっと条件が整えばもっといいものに昇華できたのかな。
まあ歯がゆい思いをするのは脚本家に限った話ではないのだけれど・・・

打ち切りがからむ回は資料が出てきたり当時の話を知れば知るほど
切ないと言うか現実の厳しさを目の当たりにしてしまってツライです。
まあ、それでもなんだ
あれから30年 打ち切りに泣いた中学生も立派な四十路なわけですから
それはそれ、これはこれ、で次回以降、進めていきたいと思います。

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(2011年8月)